◆子育て相談 ◆家族関係コンサルティング  自分らしい生き方探し・・・メンタルトレーニング、カウンセリング、インナーチャイルドセラピー
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ootake 10
  ※初めてキャプチャ貼りつけれました\(^o^)/ウレシ~


よく見かけるお題ですね。

箱の中に入っているものを、手さぐりで当てるゲームです。

中に手を入れる芸人さんは、ハラハラドキドキです。
だって、見えないんですもの。
すんごい恐ろしいものが入っているのではないか、という。

いや、こういう時って、
たいてい、亀の子たわしかこんにゃくなんですけどね。
そんなこと、手を入れる人だって、十分わかっているんですけどね
それでもね、ドキドキしちゃうんですよ。


ootake 10
・・・ま、これは入ってますけどね(笑)



どうしてドキドキするのか。
「見えない」からなんですね、たぶん。

見えない、ということが
恐怖心をどんどん増幅させるんです。
自分で怖くしているんですね。


何が言いたいかというとですね。

こういったことが日常茶飯事的に起きているということです。


自分と向きあう
自分の感情と向き合う

聞こえはいいですが、
結構できません。

たいていは、
なかったことにする(抑圧、美化)
人のせいにする(転嫁)
などして、正面から向き合うことを避けます。

向きあうべき問題は、
たいてい自分の許しがたい部分だからです。

しかし、このままではいけないと、
いざ、向き合おうとすると
こわいんです。

こわくて、向き合えない。

それは、ちょうど
「箱の中身はなんですか?」の被験者と似てるな、と
思ったんです。

このお題のポイントは、
被験者以外には、中身が見えていることなんですね。

で、見えている人たちは
「なんでこんなことで怖がるの~?」とかって
思ってるわけです。

こわがっているのは、見ていない本人だけ。

もう一度言います。

「こわがっているのは、見ようとしない本人だけ」

自分と向き合えない時、本当につらいです。
私もそのつらさをよく知っています。

そんな時、自分で箱の中身を見たくないので
誰かに相談するんですね。
丸投げしようとするんですね。

親切な人は、何か返してくれるでしょう。

けれどもね、やはり、あなた以外の人間にとっては
その箱は「他人の箱」でしかなんですよ。
自分が手を突っ込む箱じゃないんですよ。

誰かに相談して、アドバイスをもらったところで
自分がその箱の中に手を入れて
その実態を見極めない限り
このお題は、終わらないんですよ。

出会う人、出会う人に
「この箱の中身を教えて下さい。
自分ではこわくて見れないんです」
と、聞いても、自分の欲しい答えは得られません。


「なーんだ、こんにゃくだったのか。
こんなもん怖がってたのか」
自分で見て、確かめることが大切なんですね。

そんな箱をいっぱい持ってたら、
前に進めませんよ。

一つ一つ、その箱の中身を確かめて、処分する
そのための人生なんですよ。


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いつまでも放置していると
こうして、中身の方が顔を出してきます。

病気や、事故や、向き合わざるを得ない現実問題として
噴出します。
それすらも、
本質に「気づかせる」ための、愛の形だったりするのですが、
まあ、そこまで行かないうちに
対処できる方がいいわけで。


「箱の中身はなんでしょう?」

処しがたい感情にぶつかった時、
このお題を思い出して
逃げ出したい気持ちを一歩、踏みとどまってみてください。





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【2015/04/12 10:00】 | わたし的日記
|

最高なLOVE どこにあるのよ
未熟な旅は とまらない
最期まで STAY GREEN

  B'z 「 STAY GREEN ~未熟な旅はとまらない 」

  

 ※「green」 未熟な、青二才な



-----



ヨガのクラス、心のレッスン

それらを通して、私自身がもう一度
生まれ直す。

最初のレッスンは 4/10。
そこが誕生のタイミング。

・・・あれ、じゃあ、種になるようなできごとがあったっけ、と
ふり返ったときに

・・・あった。 あったわ。

7/25の、一回きりのヨガイベント。
あれは、今回への種だったんだ。
すごい偶然、すごい計らいごと。

実際の末男のタイミングと直近なのでよくわかる。

7/25から4/10、
着床から、出産まで、ドンピシャ。

※「受精」だと、生々しいし(笑)、ちょっとずれるので
  「着床」としました。

「生まれるタイミング」は、一回きり。
「産声を上げるタイミング」も、一回きり。

そして、その場も、自ら設定していたことに気づいた。


・・・あれ、このシリーズまだ続くのかしら?



-----


人生の、そのタイミングでなければ

拾い上げれない感情がある。


遅くもなく、早くもなく。


そして、一つ拾い上げれば、

そのまた奥底にあったものが浮かんできて

自分と向き合う旅は終わらない。



1回や2回 大泣きしたくらいじゃ、

終わらんのですよ(笑)


つまづいて 気づいて 進んで
そのくりかえし

そうやって、未熟な旅はこれからも続いていきます。




【2015/04/11 10:00】 | わたし的日記
|
The Exit To The Sun

出口の先に見える、太陽の光。
そこに希望はあるよ。
おそれず進みなさい。


----


母が話してくれた私の誕生のストーリー。

しかし、私は 一度も父から聞いたことはなかった・・・
と記憶している。

父は、私が高校生のころ、
つんくさんと同じようにして声を失い、
9年前に他界した。

悪性の病気だったにも関わらず
モルヒネに頼ることもなく、穏やかな最期。

心拍がいよいよ下がり始めた時、
病室に集まったみんなに手を振って、静かに息を引き取った。

一人っ子だった父の一人っ子だった私。

私自身のバーストラウマにばかり目を取られていた。
はやくなんとかしたかった。

12月のセッション(誘導催眠)の時、
「誕生の時、お父さんはどんな気持ちだったでしょう」と振られて
初めて、父の意識に目をむけた。

高齢で結婚し、妊娠した母。

待望の子ども。

妊娠中 胎動が少なくてひどく心配した。


「もし、障害を持った子供が生まれても
 2人で育てて福祉に貢献しよう」

お父さんがそう言ってくれたよ、と母から聞いたことがある。

難産の末、生まれたのに、泣かない子ども。

父は、病院の廊下で、いったいどんな気持ちでいただろう。
初めてあかんぼうの私と対面した時
初めて私を抱いたとき
一体どんな気持ちだっただろう。

これまで考えたこともなかった気持ち触れて
私は、この時初めて
私を待ち望んでいてくれた人がいたことを知った。

私が生まれるのを
待ち望んでくれている人の存在に気付いた。

それなのに私は、
「だれからも 必要とされてない」と
おなかの中でいじけていた。


カメラが趣味だった父は、
「ちびまる子」のたまちゃんのお父さんそっくりで。

今でこそ、子どもの行事で
わが子を一眼レフで追いかけるお父さんはめずらしくもないが、

当時、そんなお父さんはほとんどおらず、
「○○ちゃんのお父さん」は、小学校で
名物と化していた(笑)

年ごろになれば、そんな姿はうとましく
写そうとしたら逃げていた。

その底にあった気持ちに気付いていなかったね。

-----



「あなたが目を覚ますのを待っている人がいるよ」

「うん、知ってる」

「あなたを待っている人はいるよ」

「うん、そうだね」

「あなたを必要としてくれる人が、待ってるよ」

「うん、わかってる」



『 生まれてきたくない 』

その想いに気付いてからは
一人二役で、心の中でやりとりしていた。


私が乗り越えていかなければならないもの。
乗りこえて、生まれた先に
まだ取り組んでいかなければならないもの。


ポスターは、何ヶ所か貼らせていただいた。
こころよく、場所を貸してくださり、本当に感謝。

ゼロから始めるけど

これから育んでいけばいい。

これから築いていけばいい。

そのために動くんだから。


後ろ盾に頼らず、一歩をふみ出すために

ここを選んできている。


【2015/04/10 10:00】 | わたし的日記
|
ヨガ・インストラクターとして、まったく無名のわたし。
この一週間、4月からのフライヤーをつくって、
さあ、どうやって告知していこうかと、あれこれ動いていた。

幼稚園のイベントの時、
頭を下げると快く貼らせていただけたので
同じような感覚で、お願いに行ったら
ほとんどがNGだった。

「金額が書いてあるものはダメです」
「営利目的のものはダメです」
・・・金額がダメって、そこ一番大事でしょう(笑)

「取引のあるところしか貼れません」
むむぅ・・・。

それ以来、ポスターを張る場所を探してキョロキョロ。
よく見ると、貼ってあるのは

後援・下関市うんぬん というものがほとんど。

「市」というバックがあるわけかぁ・・・。
そうね~、私には 「後ろ盾」ないものね。

転勤族で、この地でも積極的に人間関係を築いていない私。
下関に来てからは、行きつけの顔なじみのお店、とかもなかった。

こんな時、それまで築いた人のつながりがものを言うのか。

なんだか、とても心細かった。

不安、心細さ、焦り


それは、「誰も私のことを必要としていないのではないか」
という想いから来ている

「必要とされていない」

これからヨガクラスを立ち上げるというのに、
その想いでいっぱいだった。

娘っちの出来事から数日後のこと。 もうすぐ春休みというある日。
一人で歩いている時、これからのことを考えていた。

一歩進むたびに、

頼るものがない

後ろ盾がない

何の保証もない

誰もあてにできない

そんな想いがひたひたと寄り添ってくる。

こわい、こわい

自立すると決めたけど、やっぱりこわい

その時、
「うぶごえ」って、心の中に浮かんだ。

・・・それでわかった。

ああ、今回のことって「そういう」ことだったんだ!

「私は、必要とされていない
 必要とされていないのに、生まれる必要があるのか
 生まれてからも、必要とされる保証はどこにもないのに
 それでも生まれてこなきゃいけないのか」

生まれることへの失望、あきらめ

私が、このところずっと感じていた想いは
「胎児としておなかの中にいるときの想い」だったんだ、と
気付いた。

私の心の根っこにはずっとその想いがあって
それは、ずっと気づかれることなく、沈み込んで、
私の人生を動かしていた。

どうしてその想いが出てきたかというと
今ここが
私の生まれ出るタイミングだから。

私自身が
これからが 本当の自立、人生の本当のはじまりだと、
意図したから。

ずっと隠してきた、日の目にさらせなかった
その想いへちゃんと向き合って、乗り越えていくことが
「生まれる」ということになるんだ。


私は、逆子だった。
今なら当然帝王切開になる事例だけれど、
当時、自然分娩での出産だった。

案の定、くびでつかえた。

からだの中で、よりによって
一番大きな頭を出すために
母はもう一度いきみ直さなければならなかった。

こうして生まれた私は、仮死状態だった。
紫色で、当然泣かなかった。

私の産声(最初の音)は、奪われてしまった。

何の障害なく、こうして生きていることが
本当は奇跡みたいなものかもしれない。

そして、もう一つ。
私は後ろ向きに産道を出てきているので
子宮口のその先に見える「光」を見ていない。

真っ暗なトンネルの中で、進むべき先に待っている
まばゆい光の世界。

私は「そんなとこに希望なんかあるか!」と
全身で拒否ってたんですね。

そして、わかった。

私は、
ずっと生まれてなかったんだって。

私は
ずっと真っ暗な長い長い産道の中で、
立ち止まったままだったんだって。

そのタイミングで、カーステレオから
曲がかかってきた。

それが、B'zの 
「 Exit To The Sun 」  だった。



【2015/04/09 10:00】 | わたし的日記
|

娘の誕生日を迎えてから数日後、
娘の手足の痒みや肌のざらっとした感じは
消えていた。

その後も現れていない。

誕生日のちょうど1週間前から、
誕生日まで。

「一番言いたいことが溜まっていたんだね」
と言ったら、「そうかも」と、はにかんでいた。

バーストラウマ(誕生前後に刷り込まれた否定的な想い)
にまつわる感情体験が
誕生前後に際限されると勉強したことがあった。

私は、娘がお腹にいた時、
臨月に近づくにつれ、下腹部に猛烈な痒みを経験していた。
久留米にいたので
オットの取引先だった立花町の竹酢液を塗ると
スーッと痒みが引いて、それでなんとか持ちこたえた。

写真に残っているけど、私のおなか、痒みで真っ赤だった。

男の子たちの時はなかった。
その時はどうしてかわからなかった。

生まれてきた娘は
前にも書いた通り、感情が肌にでる子だった。

あの時の私の痒み(痛み)を受けてしまったんだろうね、と
娘と話したことがある。

バーストラウマやインナーチャイルドの
勉強をするようになって
私自身の理解が進み、
娘自身もほどけてきたものがあった。

そして、抑圧していた想い、
それは娘のものであると同時に、
私のものでもあり

その大きなヤマ場が
今回の誕生日前後の出来事だったのかな、と思う。


わかっている、頭では、十分に。

おかあさんも大変だったんだって。

おかあさんを責めてもしかたがないって。



それでも・・・わかってほしい想いがあるの。

おかあさん、こんなこと言っても悪い子だと思わないで。



母から娘へ継がれる想い。

娘から母へ向けられる想い。



人生には

本当に、いろいろな場面が用意されているなと

つくづく思います。




【2015/04/08 10:00】 | わたし的日記
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