◆子育て相談 ◆家族関係コンサルティング  自分らしい生き方探し・・・メンタルトレーニング、カウンセリング、インナーチャイルドセラピー
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もう、これはかーなーり前の話。

上の子どもが小学校に上がり、
毎日鉛筆の準備をしなければならなくなって
気づいた。

我が家は、手回し式の削り器を使っているのだが
これがおそろしく削りカスを出す。

鉛筆があっという間に短くなっていく。

自動削り器に至っては恐ろしくて
鉛筆を入れる気にもならない(笑)。

メーカーは鉛筆をはやく消費させたいのか・・・・?

そう思っていたところ
新聞の読者欄に
「小刀で削ると、びっくりするほど長持ちする」
というくだりを見つけた。

(この頃はまだ新聞とってたんですね。数年前からやめましたが)



そういや 小学校の小刀実習で
鉛筆削ったな~と思いだした。


確かに、小刀を使うと
先っちょの部分しか削らないので
削りカスがすごく少ない。


そしてもくもと、ちまちまと使い切ったのが 上の写真。


使い切るためには、
鉛筆の延長ホルダーも我が家の必需品だが、

これをつけて学校(岡山の)にもっていくと
先生に「それは持ってこないで」と言われたらしい。


ものを大切にしているのに(笑)?

せめて、いいアイディアだと言ってくれたら
子どもの気持ちも違っただろうにな。


で、延長ホルダーを付けた鉛筆は
宿題用として活用している。


しかし、学校用に子ども2人分毎晩6~8本の鉛筆を削るのは
時間的に厳しい、ということで
後ろメタさを感じつつも削り器を使わせていた。


二学期に入り、小刀を復活させることにした。
昼間の時間のある時に削れるようにするため
鉛筆を2グループ作って、
使う・削るのローテーションを組んだら
削るのも苦痛でなくなった。


とういうより、削るのが楽しみになった。
自分の手元を見つめ、
ちから具合を確かめながら鉛筆と向かい合う。
ものを介して自分と向き合う時間。

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長男は 「削る」ということにほとんど興味を示さなかった。

娘は 自分で削っていた時期もあった。


いつかの娘・作  「魔法使いの鉛筆」



そして、月日は流れ、
今は、ほとんど鉛筆を削らない日々。

末っ子が入学したら、また始まるかな、
と思っている。
いやいや、彼は絶対「自分で削る!」という言うだろうな(笑)


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【2015/02/25 10:00】 | わたし的日記
|

みな「自分の領域」を持っています。
人との距離感、入り込まれたくない部分。

自分と外界との境目にあたる体の部位は
皮膚、あるいはそれすら見せたくない人は腸管。

皮膚が敏感な時はその領域からのサインであることが多いです。
アレルギー症状は、
人と他者との境界線において、本来自分を防御する免疫機能が
なぜか自分の方に向いて
過剰に自分を責めたてている状況・・・と考えれば
わかりやすいかなと思います。
それは 罪悪感 なんですが。
相手を責めている時、その何倍も実は自分を責めているんです。
だって、相手は自分の鏡ですから。

「え?そんなことないけど」
罪悪感は隠れるのが上手いので、意識に昇りにくいんです。
だ・か・ら、体にあらわれるのですが。 おい!気付けよ!って。
自分の体は取り換えられないでしょ、向き合わざるを得ないわけです。
それでも人間目をそらすんですがね(笑)

私の領域、 あなたの領域、 公(おおやけ)の領域

私たちは、自分の領域を侵されたくないくせに
他人の領域にはずかずかと入り込んでしまいます。
なんででしょね

子どものころ、私たちは無防備に開け放した意識の入り口から
何度も入り込まれているのですね。
身近な大人に。
「何回行ったらわかるの!」
「いつも○○なんだから!」
「片付けられないなら捨てるよ!」 ← 先日しました<(_ _)>

私たちは 何度も何度もそうやって無防備に入り込まれたんです。
幼すぎて自分の中の神聖な場所を護りきれなかった。
護る、ということすら知らなかった。

それは心のしこりとなって心の底に沈んで
やがて同じような状況を目の当たりにした時に
ふつふつと湧きあがって、同じことをしてしまう訳です。

それを、親から子へ何代も何代もしているわけです。
火種の連鎖。


この火種の横流しのような流れを誰かが止めないと、なのです。
「わたしだって辛い思いした」
「未来の子孫へ希望を託そう」
・・・ではないのですね。

相手の領域に踏み込んでいる時、我を失っています
自分の領域に踏み込まれたとき、とてつもない屈辱感を感じます
そして、それを受け入れてしまった時、自己犠牲が生まれます

シリアの話じゃないんですよ。
私たちはこういった、やったやられたを日常茶飯事のように繰り返しているんですね。

相手を何とかしようとコントロールしようとするとき
エネルギーを消耗して疲れ果てます

相手によって疲れさせられたのではなく
自分自身が使っても無駄なところにエネルギーを使って
疲れたのです

相手の領域へ踏みこんで疲れ果てて戻ってきたら
自分が不在の間に他の人の価値観で
領域が占拠されてた、なんてことも起こり得ます。

領域を出ちゃダメなんです。
それが 塾長のいう 「自分軸」でもあります。

領域の中で自分にできることをする、
それに専念することだと思います。

そして、もう一つ、
前記事と関連するんですが
誰にも心の中に「神の領域」があるんです。
・・・というと、とっつきにくいのでぇ(笑) 「良心」と言い換えます。

これは、心の芯の部分で、
この灯はどんなに小さくなろうとも決して消え絶えることはないと思っています。

自分の領域にとどまる、ということは
相手の「良心」を信じる、ということでもあります。
「良心」とは、自分の過ちを素直に認めることができる心です。

自分の良心を信じていないから、相手の良心が信じられず、
私が相手を変えてやろうと思うわけです。
で、相手の領域に踏み込んで責めまくるわけです。
そしたら、相手だって良心発動どころじゃないです。

自分の気持ちを、自分の領域内から相手に伝えたら
あとは、相手の良心が発動するのを待つ、
その時間をお互いに与えられるようになると、
人間関係が楽になるような気がします。

きれいごと!って言われそうなので
ハイ出ました私のエピソードを一つ。

子どもが思春期に入り、反抗的態度をとるようになってました。
ちょっとしたことで、ムスッとして機嫌が悪くなるんですね。
で、その反応に私は自分のスイッチが入るわけです。
「親として軽んじられた」って。

で、部屋まで追いかけていって言い合い・・・
言い負かすまでバトルしてました。笑えね~

そんな時、この領域のことを学びました。

子どもがイラついている時
「これは私の怒りではない、私のせいではない
 これは子どもが乗り越えるべき問題で私には関係ない」
と、介入したくなるのをひたすら我慢して、心の中で唱えるようにしました。

そうするとね、
子どもの怒りが長続きしなくなったんです。
すうぅっと引くように、おさまって何事もなかったかのようになるんです。
「さっきはごめんね」って言ってきたりします。
自分で、さっきの態度はよくなかったと、ちゃんとわかっているんです。

そして、これまでは機嫌が悪いと部屋に籠っていたんですが
ぶすっとしたままリビングで過ごして、そのうちきょうだいたちと
じゃれあっている、なんて感じに変わりました。

これまでは私が子どもに許していなかったんです。
「怒っていい」ということを。
だから、私の視界から逃れるように部屋に籠っていた。
「どんな自分でも、ここにみんなといていいんだ」、と
思えるようになったのかなと思うんです。

そしてね、子どもは私のインナーチャイルドの顕現でもあるので
私の中で、感情の取捨をせず
「どんな感情もそのままで私の中にいていい」と
許せるようになった変化でもあるのかなと思います。

そして、こじらせていたのは、やっぱり私が原因だったんだと。
「自分が原因」ということを認めるのは
本当に勇気がいるんですが、ホントにそうでした(笑)
そうやって、認める(受け入れる)と
一つ、自分を縛るくびきが抜けて、心が自由になるように感じます。






【2015/02/23 10:00】 | わたし的日記
|


私は、神社におわすとされる「神」を信じていません。
神社の「箱」に神がいるとは、どうしても思えないのです。

4、5年前になるかな、「なんかおかしくね?」と思ってから
お参りはしなくなりました。
しかし鎮守の森は好きです。
神社やお寺の力は、あの手つかず同然の森があってこそだと、思っています。
神がいるとするならこっちの方だろと私は思うのですが。

まあ、これは私の独断と偏見なので、異論のある方はスルーしてくださいね。
それに関して議論する気もありませんし。

幼い頃から、祖母が朝な夕なにご先祖の神棚に
ただ「ありがとうございます」と、手を合わせるのを見て育ったので
そういった世界や想いは大切にしています。
しかし宗教類も信じてはいません。

もし、神がいるとするなら。
それは、何かとひきかえに何かを与えるような存在ではないと
思っています。

私は 鉄拳さんの漫画は
本当の「神」の視点だと思っています。

前の記事の「太陽」と同じ感じ視点だと言えばいいですかね。

これまで妻を思いやれないできたことを悔やみ、
妻に残された時間を想い、
もう一度時間を撒き戻したいと悔いる夫に
「そうじゃないのよ」と、手をやる妻。

「私は 十分しあわせだったのよ」と。

何気ない日常の積み重ねの中にあるもの、
それがいつか終わりを迎えることがわかっているからこそ
今生きている命がきらめく。

「神」は決して振り子を戻したりはしません。
振り子を止める、戻すということではないと、知っているから。
手は出さない、けれど見放したりはしない、ただ静かに見守る。

そういう鉄拳さんの想いが 伝わってきます。


この振り子の動画を見つけた同じ頃、
娘が図書室で借りた本を持って帰ってきました。
娘のセレクトは ジャンルを問わず
ほほぅと思ういい本を見つけてくるので いつも感心するのですが。


その中で一冊目に留まり手に取ってみました。

「 ふっくらふしぎなおくりもの 」 佐藤さとる・作

$Eyes of  a pilgrim


話のすじはこう。

正月の鏡餅を食べようとしたネズミを
おばあさんが追い払おうとするが
おじいさんは 
いいじゃないか、ネズミは福の神の使いと言うじゃないか、
と ネズミに分けてやる
後日 おじいさんが山へ芝刈りに行くと
いつかのネズミが おじいさんを誘(いざな)う

ネズミについていったおじいさんは、
ある道を通り抜けると、だんだん若返る。
ネズミが歌う。

ふっくらふくのかみのみち
あっちからこっちはわかくなる
こっちからあっちはとしをとる
ふっくらふしぎなふくのみち

「そうか、この道は若返りの道なんだ」

おじいさんは 自分だけではと、道を引き換えして(老人に戻り)
家へ戻っておばあさんに一緒に来るように誘うが・・・。


とまあ、ここまでは よくある昔話。動物の「恩返し」。

ここからが 違ったんですよ、奥さん!

福の神の道へさそわれたおばあさんは
思いがけない返事をした。

「わたしはね、おじいさんとふたりいっしょにとしをとってきて
とてもしあわせですよ。だから、またわかくなって
もういちど としをとりなおすなんて、ごめんです」

おじいさんも「そういやそうだな」

おじいさんはひとりで山へ行きその道のもとでこう言った。

「ふくのかみさま、ありがとうさんでございました
でも、わしらはこのままでいいことにしたから、
どうぞ、ふくのみちは もう ふさいでください」
それで、ふしぎなふくのかみのみちはきえてしまいましたとさ
めでたしめでたし
  ←本当にこう書いてあったんですよ、奥さん!


なんか、読み終えて 「振り子」に似ているなと思いました。
同じような話が 立て続けにやってきたな、と。

時を巻き戻したい男性に、今のままで十分しあわせと言う女性。

巻き戻そうとすることで終わらない、輪廻の道。

もし、福の道を通って、時間を巻き戻したら若返ります。
けれども、不本意な現実が起こった場合、
あるいは再び年をとった場合、
「福の道」があることで、夫婦は安易に時間を巻き戻して
なかったことにしようとするんじゃないでしょうか。

しかし二人は違いました。
「私たちはこのままでいい」
自分の人生を引き受けることを決めた者の前に
「福の道」は閉ざされました。

輪廻の終了。だから「めでたし めでたし」


わー、この話そういうことだったんだと思ったら
鳥肌立ちました。


巻き戻せない時間、限りある命
それは 不幸せでしょうか、残酷でしょうか。

いのちをもって生まれたことの
本当の幸せとは まっとうするそのものことにあるんですね。

勘違いしやすいんですが、
「まっとうする」というのは
悔いの残らないように、やり残しのないようにってことじゃないんです。

思い始めれば あれもこれもとキリがない。
悔いのないようにと躍起になればなるほど悔いが残る、というパラドクス。

長生きならいいわけじゃない、短命だから不憫でもない。
成功したからよかった?不遇だったから不憫だった?

そうじゃなくて
どんな人生であっても やり残したことがあっても
「これはこれで それなりに良かった」と思えること。
それが、「まっとうする」ということ。
そう思えれば 「悔い」や「無念」という想いは残らない。
そういうふうに想うんです。

私は、魂というものを信じているので、輪廻という業もある、
という前提で話をしています。


「振り子」の何に感動するのか、心が動くのか。
それは 人はみな
「限りある中で すべてを引き受けた時にこそ 美しく輝くものがある」
ということを、
心の奥底ではわかっているから、なのかなと思います。

そういう「神」の視点を 皆ちゃんと心の中に持っているから
それを思い出させるものに出会った時に
自然に心が動かされて 涙が出るような気がします。


自分の中にある神の領域に気付くこと。
外にあるわけではなくね。

大切なことはみな自分の中に持っていて気づいてないだけなんだと。
そう思っています。




この二つのストーリーは
私にとても 大切なことを教えてくれました。







【2015/02/22 10:00】 | わたし的日記
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Love is Not Sugar 「 愛は甘美ではない 」

~造語です。Nativeがこんな表現するかわかりませんが。

2月1日を境に、砂糖をやめました。
安部塾で、伊藤さんと瀬戸口さんにお話を聞いたんです。

炭水化物を完全に切ることは、逆に自分を追いつめるので、
主食はギリギリまで減らして、
お菓子類も飲み物の砂糖もパンもほとんど食べなくなりました。
欲しい!という気持ちにとらわれることもありません。
「欲しかったら食べていい」というスタンスなので。
そのかわり、たんぱく質を食べてます。
お菓子をやめたらタンパク質と野菜を食べる量が増えました。

自分でもうすうすわかっていたことなので、いいタイミングだったのだと思います。
思いのほか スパッとやめれました。

そして、思うわけです。
「どうして、そんなに甘いものが欲しかったのか」
そこだよね、と。

実は、「冬季うつ」というのがあります。
日照時間が短くなる冬場にみられる、情動の変化です。

例えば、
以前ならやれた仕事をうまく処理できない
考えたり、集中する力が明らかに落ちる
しょっちゅう悲しく、泣けてきてしまう
自己否定的になる
普段より睡眠時間が数時間長くなったり、朝起きられなくなる
炭水化物に偏る食事をコントロールできない、体重が増える
などね。

小さい子がいると、寒い冬場は家にこもりがちになり
私もよくなっていました(おそらく)。
めっちゃ甘いものが欲しくなるんです。
2月は、本当に身心ともにきつい。
そうでなくても獅子座の対極にある時期ですし、全然調子出ないのです。


これをね、私ふうに(笑)、読み説いてみると
太陽は「普遍の愛」
砂糖は「甘さ」=「甘え」、「その場しのぎの気休め」

太陽は、降り注ぐ相手を選んだりしません。
いつもいつも、あまねく周りを照らしている。
曇った、とか雨だ、とかで「太陽が出ない」と騒ぐのは人間の都合。

どんな時でも、太陽は確かにあって光を送ってくれているのに。
心を曇らせて太陽の光を遮っているのは、人間の心の方なんですね。

だから

その場しのぎの、心を満たしてくれるものを探すんです。
その象徴が「砂糖」。

砂糖の刺激は強くて、一瞬にして心を満たしてくれたかのように感じる。
しかし、それは本当の愛ではないので、
甘美なひとときは一瞬にして崩れ去り、それ以上の渇望感をもよおす。
そして、また「気休めの甘美」を求める、のくり返し。

砂糖の中毒性はすさまじい、と思います。
それは
「甘えたい、守ってほしい」という満たされない想いを
「砂糖」でみたそうとするから。
でも、そこにはないんですね、本当に欲しいものは。

本当に探しているものは
顔をあげて、過去を振り返り自分の歩いてきた道の上にあるもの。
未来へ向けて一歩踏み出す、その足元に確かにあるもの。
過去と向き合えない時も、今の自分を認められない時も
いつも太陽は自分を照らし続けているんです。
自分が顔を上げてないから、太陽の存在に気付いてないだけでね。



私もね、ずっと親を恨んでいたんです。
何もかも親のせいにしていたんです。
私は一人っ子で、「一人っ子」というと響きはいいけれどね、
「一人で背負う」という、表現しようのない孤独が、もの心ついたときからあるんです。

母は看護の要職についていたので、帰りはいつも9時、10時と遅く
中学生の頃から、私は毎朝、母のお弁当を作ってあげていました。
祖母の手伝いをして夕食の支度をして片づけをして
それから勉強していました(進学校だったので)。
高校生の頃、テレビとか、見る暇がありませんでした。

けれど、そうやって母を支える一方で
私は、親の言うとおりになんかなるもんか、と
いつか、それを振り切る機会を虎視眈々と狙っていました。

まあ、それが結婚して籍を抜くことだったんですけどね。

子どもが生まれた時、何人か、母世代の方に言われました。
「子どもを産んで、親のありがたみが分かるでしょう」
私は顔は笑い返しながら、心の中では反発していました。
ちっともわかりませんでした。

そして、カウンセリングや、セッションを受けて
自分でも心の中を何年もかけて整理して
だいぶね、分かるようになってきました。
「親も、親なりの方法で私を大切に思ってくれていたんだな」と。


先月のこと。
家族の中で ちょっとしたイレギュラーな出来事がありました。
これからのこと、ちょっと見直しをせまられるようなできごとでした。

半年前の私なら、もっと不安に駆られて
きっと過去のことについて後悔し、
将来のことを悲観したかもしれませんが
自分でも不思議なくらい淡々と、淡々と受け止めました。

そのことで、両実家にもだいぶ心配をかけました。

母は心配してくれて、2、3日に1回くらい、電話をくれました。
昔の私なら、「うっとおしいな」と思ったでしょう。

けれどね、母がその電話でいつも私のことを心配してくれるんですね。
「疲れが出てないか、心を痛めてないか、つらい思いしていないか」
いつも、いつも気遣ってくれるんです。

私は、何歳になっても彼女の大切な子どもであり
母なりのやり方で私を愛してくれている、そのことに気付いたんですね。
本当に、心から、やっと気づいたんです。今年40ですよ、私、遅っ。

かつて「私がしてほしいように大切にしてくれなかった」、
ということだけで、幼い私は
「母は、私のことなんか大切に思ってない」と思い込んでしまったんです。

今回、確かに、「自分が試される出来事」ではあったけれど
そのおかげで、私は、母の愛情に気付いたんです。
そして、自分の中にあった愛情にも。

腐らずに、目をそむけずに
引き受けて、一歩踏み出そうと顔を上げた時
「太陽はずっと前から私を照らしていてくれた」ことに気付けたんです。


B'z 「SUPER LOVE SONG」にね
愛なら衝突することはないし 増えも減りもしない
静かにそこにあって動かない
人はただそれを見つければいい

ってフレーズがあるんですが、
「見つける」ことなんです。

今度こそ!って 見つけるために生まれてきたのに、
ばらまかれた「砂糖」に惑わされて右往左往するんですね。
ずっと最初からそこに横たわっているのにね。

まあ、それが人生の醍醐味でもあるわけですが。




* * * * * * 

感じることができないのは
感じてしまうと
「自分がその感情に飲み込まれて自分を失ってしまうのではないか」
という恐怖があるから。

「感じれない」ことはダメではない。

まず
「今は感じれないんだね」
「感じれないことはつらいね」と
感じてみる。

あるいは
「自分がその感情に飲み込まれて自分を失ってしまうのではないか」
という恐怖を思いっきり感じてみる。
恐怖から逃げようとするから、こわく感じし、追いかけてくる。
ガタガタ震えて、心臓バクバクして、汗が出てくる・・・くらい
徹底的に感じてみます。
大丈夫、誰も見てませんから。





【2015/02/17 10:00】 | わたし的日記
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先月、長男の誕生日でした。
そう、前記事で座布団をかけたいほどよく泣いていた
愛すべき長男です。

やっと13歳になった長男。
身長なんかとっくに私を追い越して、
ズボンの丈があっという間に短くなります。

長男は 遠慮して
「誕生日ケーキ、いらないよ」と言っていましたが
夫と私で内緒にして買いに行きました。

店「メッセージはお入れいたしましょうか?」

私は ちょっと考えて
あるメッセージを入れてもらいました。

帰宅して、野菜室に入れていたので
長男は野菜室までは探さなかったらしく、
食後にケーキが登場した時は、とても喜んでいました。

P100070500.jpg



私は3人子どもがいるんですが
3人とも里帰りしないで産んだんですね。

看護学生だった頃から、
「子どもはお父さんとお母さんのもとに迎えられるべき」
という想いがあり、
実家が片道500kmも離れていたので
里帰り出産、というのは最初から頭になかったんですね。

まあ、それも今思えばインナーチャイルドがらみで
かたくなになってた部分もあるな~という感じですが。

一晩中 夫が背中をさすってくれて、
やっと生まれた小さな赤ちゃんでした。
その指があまりににも小さくて
夫は「小さいな~小さいな~」と何度も自分の指に握らせては
写真を撮っていました。

退院後、母や義母が来てくれましたが、1週間程度の手伝いだったので、
退院した日から 私は車を運転して買い物や家事をこなしていました。
夫はマメな人だったので、だいぶ家事をしてくれてました。

末っ子の時なんかは、私の入院中の家事+学校・幼稚園の準備など、
そのスキルの上達ぶりはすごかった(笑)


3人とも、産後は本当に大変だったけれど

もう、末っ子がだいぶ大きくなってからのこと。
会社の部下の里帰り出産の話の流れで
夫に言われたんですね。本人は覚えてないかもしれないけど。

「よく(里帰りしないで)産んでくれたよね~、ありがとう」

そんなこと言われたのは、おそらくその時が初めてで。

その時、私たち夫婦に関しては
自分のした決断は、間違っていなかったんだと
私たちの場合はこれでよかったんだと、心から思えました。


さて、誕生日ケーキからだいぶんたって、思い出しました。
長男の「サイコー」エピソード。

むかしむかし、長男が2歳過ぎた頃。

保育所で「サイテー」という言葉を覚えてきました。
覚えた言葉は やはり使いたい ってことで
ことあるごとに   
「おとうさん サイテー!」 と叫んでいたんですね。


で、私 ふと思いついて
「サイテーは違うよ。 本当はサイコーって言うんだよ」

長男は、それを真に受けて
「そっかー」 と納得。

そして、しばらくすると

「もうっ! おとうさん・・・・ サイコー!!」

予想していたとはいえ、期待していたとはいえ
何の疑いもなく直球ストレートで言われると
夫も私も コントのごとくズルッ となりました。

長男は「最低」のつもりで言っているのにね。

そしてなんか恥ずかしい (///∇//)人(//∇///)
シャウトだし。近所聞こえるし。


しばらくそう言わせていたけど、やはり良心がとがめて?
やめてもらいました。


そして、10年の月日がたち
ちょっとずつ親星の軌道から離れ始め、自分の軌道を探し始めている長男。

「サイコー」は「最高」の意味を込めて、
「サイコー!!」と後押ししてあげられるように見守って行こうと思ったのでした。







【2015/02/16 10:00】 | わたし的日記
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