◆子育て相談 ◆家族関係コンサルティング  自分らしい生き方探し・・・メンタルトレーニング、カウンセリング、インナーチャイルドセラピー
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私は、特にファンというわけではないけれど

大学時代

ロンバケでは胸キュンしたし
友人たちとのカラオケの占めは
「SHAKE」だったし

慎吾ママの「おっはー」は
夫との合言葉だった。

ファンでもないけれど、
私の生活にも、あのグループは
深く深く浸透していた。

先週、解散報道がなされたときは
衝撃的だった。

いままで当たり前に存在していて
これからも
存在を疑わなかったものが
消滅するかも、
という
足場がぐらぐらするような衝撃。

それからの数日、

グループがなくなることよりも、
これまで
ずっとあったものが
もうなくなるかも、
っていう感覚とずっと、向き合っていた。


私は、どっちかというと

新しい彼らを見てみたかった。

芸能界ってそんな簡単なものじゃないけれど、

時代を作ってきた彼らだったからこそ

2016年を象徴するような

「これまでのしがらみを 自ら はずして
もがきながらでも
自分の思う道への一歩」を

彼らがどんなふうに 歩むのか、見てみたかった。


けれど、かなわなかった。

たくさんの力が、それを止めちゃった。

「やめないでほしい」
「つづけてほしい」
「これからもずっと」

変化を拒むのは
いつだって 近しいもの。

確かに、
彼らにもらったものはたくさんあるよ。

でも、それは
これまでのことであって
「いま、ここ」のことじゃない。

彼らとともに
「いま、ここ」の痛みを引き受ける、

そんな思いは

「過去にしがみつき、変化を受け入れられれない人々」によって

あっけなく流されてしまった。


何かに似ているな~と思った。

「看取り」の場面だな。

人生の終末へ向かって
その人の存在が根底から変わろうとする
看取りの場面において

みんなたやすく言うんだよ

「どうにかしてください」
「できるだけのことをしてください」って。

深く考えもせずに。
脊髄反射のように。


単純に

終わることが怖い

自分で判断を下すのが怖い

目を見開いて、その人の「いま、ここ」が
直視できない。

ありとあらゆる
手を尽くして、キレかけた糸をつないで
「生きている」形に安心して
ちっとも目の前にいる本人を見ていない。


生まれなおしってね
一度 死ぬ覚悟じゃなきゃできないんだよ。


あのグループの
日本の集合意識への影響を考えたら
ここで、解体したら
ホントに日本の集合意識に
大きな影響を与えただろうなと思う。

もうとっくに突入している
混迷の時代を突き付けられることになる。

それを、否応なく見せられることになる。

でも。無意識にそれを拒んだ。

現状に鬱屈しながら、
誰かが現状を変えてくれないか期待しながら

その予兆が見えると
過去にしがみついて現状維持を選んだ。


彼らはその象徴としての
「お人形さん」に引き戻された。

そういった
日本の集合意識の現状を感じた今回の出来事でした。
  
  





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【2016/01/19 10:00】 | わたし的日記
|
無題
  
新年 あけましておめでとうございます。

昨年中はたくさんの方とご縁をいただきました。

年賀状を出す、というつながりはありあせんけれども
元日の朝を迎え
お一人お一人顔を浮かべながら
心の中で新年のごあいさつとご多幸をお祈りさせていただきました。

今年一年、よろしくお願いいたします。




さて、
高校を卒業し、地元を離れてから
人生の半分以上を
転々と過ごしている私にとって
盆と正月は、
自分のルーツを見つめる大切な時間です。

3泊の帰省でしたが
わだかまった想いの浄化と、
沁み入るような大きな愛を感じることができた時間でした。

大晦日、私の実家に着いて
オットと私とで出雲大社へ行ってきました。

P10200720.jpg


歩いて数分なのですが
人があふれかえる元日は、ほとんど行きません。

なんか・・・
「~ができますように」
「~になりますように」
っていう、念がね・・・すごいんですよ。正月は。

というわけで、
出雲大社をぐるっとひと回りしました。

小さい頃から慣れ親しんだこの場所は
「お参り」というより
ぶらぶらして落ち着く場所です。

P10200750.jpg


P10200760.jpg

ここ数年、遷宮の関係で遥拝しかできませんでしたが、
素鵞社にもお参りしました。

私は、子どものころから
境内の中でここが一番好きです。

というか、
素鵞社の真裏の岩というか山がすごいです。
そういえば
子どもの頃、社と岩の間に入るのが好きでした(笑)

P10200820.jpg
この木立の奥にあります。

夏の方が、葉が生い茂って薄暗くてじめじめしていて好きですが。

P10200840.jpg

勢溜まりの天然石屋さんやお店をひととおり見て
帰ってきました。

元日の朝、
長男と歩いてコンビニに行った帰り、
思いつきで
「そうだ、山登ろう」ということになり、

家族5人で裏山(弥山)に上ってみることに。

登山口が近所にあるとはいえ、
私は、登った記憶がありません。
母に言わせると、子どもの頃
登っているらしいですが。

ダメなところで引き返せばいい、と
軽い気持ちで出発。

P10200980.jpg

P10200990.jpg

P10201020.jpg

しかし、
思った以上に道が細く、けわしく

末っ子が
「ストックが欲しい!!」とごねだす始末。

降りてきた方に
「あとどのくらいですか?」
と聞いたら、
「今のとこまでの5倍ありますよ」
とのことで
ごねる末っ子を説得して断念。

また、きちんとした格好で挑戦しようね、と
引き返したのでした。

母にはかなり心配されました。
正月早々、軽装で山登って
滑落でもしたらどーすんの!?と

まあ、記念に
出雲大社の国旗と、日本海を見ることができました。

P10201150.jpg



午後から、同市内の
オットの実家へ。
一年ぶりに、兄家族と再会し、
楽しく過ごしました。


出雲のお正月で独特なのが
やはり、お雑煮かも。

出雲地方は
濃い目のおすましに、餅のみ、
奥さん!! 餅のみのお雑煮なんですよ。

ここに、味のついてない乾燥岩海苔を浮かべるだけ。

14518664297680.jpg


子どもの頃は、
単にわが家の怠慢ではなかろうか・・・と
思っていましたが
結婚して、オットのうちでも同じものが出てきたとき
なんか
ものすごくホッとしたのを覚えています。
(* ´ ▽ ` *)  ウチダケジャナカッタ~

そして、
殻付き赤貝の煮物。
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子どものころから大好きな一品。
手が止まらなくなるパターンですな。

そういや
錦織圭さんも、先日テレビで紹介していたそうな。

この赤貝、年末だけ、店頭に並びます。
ほぼ岡山産なのですが
なぜか、岡山では売れていません。

むき身は年中あるけど、殻付きは見なかったですね。

殻付き赤貝の煮物は、出雲独特のようです。

お正月に何食べるかって
やっぱりルーツに関わるような気がします。

子どもたちは、
生まれてからも転々としていますが
やはり、
お正月に食べる雑煮を考えると
ここにバックグラウンドを持つんだろうな、と思います。


出雲を後にするとき、
車の窓から、出雲平野と北山が見えていました。
山の稜線、
ずーっと知ってる、山のかたちでした。

この地と山と海に育ててもらったな~と思ったら
とてもいとおしく思えました。

母のあたたかみ
義父や義母のあたたかかみ
私を産み育てた、母なるもののあたたかみ
そういったものが
ずっと息づいていて
窓を見ながら泣いて
いろいろなものが浄化されていきました。

よい年末年始を迎えることができました。

本年もよろしくお願いいたします。




【2016/01/04 10:00】 | わたし的日記
|
昨年の9月からレッスンを始めて
1年たったのですが

正直、しんどくなっていました。

月に1回程度
師である安部先生の指導者講座を受けて勉強するのですが

それもしんどくなっていました。

「しんどくなっている」って
意外と気づかないもんですね。

けっこう、行動には表れているんですけどね笑


10月に私のスタートでもあった
子連れクラスをクローズして、
心の身辺の整理をいろいろとしました。

で、原点に戻りたくなりました。

私の、安部先生との原点は
「寺ヨガ」
です。

その時の、新鮮な感動、
一時流行りましたけど(笑)「至福の時間」

自分が何のために
やっているのかわからなくなってしまっているものを
とりあえず脇にどけ

一度、
原点に戻ろうと思いました。

来年からかな。


でも、先週の火曜日
善は急げで思い立って
福岡の先生の通常レッスンに行きました。

小学校の子どもたちの
登校時間より早く家を出て、高速バスで。

久しぶりに行ったスタジオは
生徒さんたくさんいましたが、
私はそのなかで埋もれるようにして
ひたすら自分の世界で
先生のガイドにしたがって体を動かしていました。

先生の言うとおりに単純に体を動かす。

ずっと求めていた感覚が
よみがえってきました。

どうして、指導者講座が苦痛だったのか。
すごくよくわかりました。

私は、
教える立場になってから
自分が体を動かす喜びより
いかにお客さんに伝えるか、
そのために、いかに学ぶか
ということに焦点が行っていたんです。

だから、「学ぶ楽しさ」から
どんどん遠ざかっていました。

そして、終わってみて
すごく、心が晴れました。

ご一緒した友人と
お昼を一緒に食べて
そこでまた自分の気持ちを整理できました。

すごく、突き抜けた感覚で
帰りの高速バスにのり、
そのなかで
レッスンの復習をしました。

私、実は
撮り終えた動画や音声も
ほぼ!!見返したことはありませんでした。

ノートも、ほとんど見ませんでした。

6時間の集中講座は
私にはキャパオーバーのようでした。


それなのに。
今回、私は、レッスンの音声を4回、もっとか?
聞き返しました。

コンパクトにぎゅっと濃縮された
80分のレッスン。
集中力が途切れないので
内容を覚えています。


そして、音声を聞きながら
聞き逃していたことを再勉強して
記録しました。


一度、生徒に戻る必要があったんですね。

新しいことを聞くたびに
「どう取り入れるか」
「どんなふうに教えるか」
って、そんなことばかり考えていたので
本当に疲れ切ってしまっていたんです。

すごくいい経験でした。

で、私にとって最良の勉強方法も
わかった気がします。

いいって頭でわかっていながら
実行できなかったこと。

そこには、私のブロックがあったんですね。

それを取っ払いました。

学ぶ楽しみを知らなければ
教えることはできない

しばらくは、
一介の生徒として、先生のレッスンに
通おうと思います。

80分のレッスンを受けた私の気持ち
それを再現するような
レッスンをしていこうと思います

今は、そっちの方に
ワクワクを感じます。

そして、
それもいつしかしんどくなり始めたら
その時は私の次のステップなので
また、先生との新しい関係を模索していこうと思います。




【2015/11/15 10:00】 | わたし的日記
|

先日、
「夫さんのこと、どう思っていますか」
と、聞かれたので、
シメとして書こうと思います。

聞かれたから考えた キレイごとではなく、
いつも思っていることです、本人には言いませんが。

オットは、高校が同じでした。

昨夜も試しに聞いてみましたが、
私に対する気持ちは、
「そのころからずっと変わっていない」と言います。
言い切る人です。

オットの大学卒業後
2年間の遠距離恋愛をして、結婚しました。

親は、とてもホッとしたと言っていました。
一人っ子に産んでしまった娘、
自分たちが年老いていなくなっても
一緒に歩んでくれる人ができたから、と。


転勤のある会社へ入ったために
なにかあってもすぐに実家には頼れない状況でした。

何かあっても
ふたりでやっていかないといけない。

そういう状況が、あったせいだと思います。
家事や子どもの世話も、
よくしてくれました。
 
私は子ども3人とも、実家に帰らずに産みました。
 
「子どもが父親のいない(祖父母の)ところで生まれるのはおかしい。
子どもは父親と母親のもとに迎らえるべき」
と思っていたからです。

子どもたちは、みなオットの立ち合いのもとに生まれてきました。
 
私の入院中は
親が留守番に来ていましたが、
慣れない場所での家事は負担になるからと、
洗濯のすべて、買い物、上の子どもの世話を
引き受けてくれました。


9年前
父が病気になった時
子どもは4歳と2歳でした。

長くない父。

月に2回
週末になると、小さな子どもを連れて
高速バスと飛行機を乗り継いで実家へ帰る、
そんなことが3か月続きました。

その時も、快く送り出してくれました。
いない間に部屋を掃除して
日曜の夜に福岡空港まで出迎えてくれました。

幼稚園の役員とも重なって
家事のままならない日々でしたが
そのことを責められたことはなく
いつもさりげなく、手伝ってくれました。

父を見送り、祖母を見送り
ふたりの死を経て、身に沁みたんですね。

オットという存在のありがたみが。

お互い、人生航路を渡っていくうえでの
かけがえのない同志なんだな、と。
思ったんです。

このペアでなすべきことがある、というか。

その思いは、今でも変わりません。

積み重ね、支え合い、はぐくんできた日々
その重みを考えたとき
これからの人生を考えたとき
オットは
「人生を走りきるために、かけがえのないパートナー」
である思いは変わりません。


それなのに、
私はオットに対して
ひがんだり、軽蔑したり、
許せない思いを抱えたり、
プチ復讐をしたり、
束縛しようとしたりしていました。

先日、セルフセッションで
たまたまオットとの関係を見せられ
深く納得しました。

そして、オットに対して抱いた
さまざまな
ネガティブな思いの意味も分かりました。

オットという人がいるからこそ
私は自分の中の「女性性」を見る機会が
与えられたんです。

オットという男性を通して
私は自分が女性であるという経験をさせてもらっていたんだと。

そうやってあぶりだされたからこそ、
糺していく機会を与えられたんだな~と。

オットという人を通して
私は「女性である」ということを
ずっと経験していくわけです。よくもわるくも。

たったそれだけのことだ。

そう思ったとき、
オットに対して持っていたネガティブな思いが
す~っと軽くなりました。

そしてね、
もう、結婚して15年ですが
最近、オットのことを考えると
キューン、とか、ほわーんとか
するようになりました。
へえ、15年たってるのに、まだこんな風に思えるんだ。

・・・オットが読んだら、小躍りすることでしょう(笑)

ええ、一昔前は「けっ!」って思っていました(笑)
素直になれなかったんですね。

くびきが一本抜けて

素直になっていい、

そんなふうに思えるようになりました。
 
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※カーテンレールつけてもらいました



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  長府体育館1F会議室   (下関市長府江下町)
  1回制 800円

大人クラス  (水)、(土) 10:00~11:15
  道具を使って、体を無理なくほぐします。  
  基本的な動きをていねいに練習します。
  体と心がリラックスし、すっきりします。


親と子クラス (金)    10:00~11:15
  心理セラピストでもあるインストラクターが
  子育ての「困った」との向き合い方を教えます。

  体を動かしながら、自分の時間を大切にするための、
  意識の切り替え方を練習します。
  ママの気持ちが楽になるようなレッスンをします。


連絡先
澄田順子(すみたじゅんこ)
   life.team307@gmail.com
   080-5209-2240


「生まれなおしサロン みすまる」 準備中

 下関市赤間町 (唐戸市場近く)

 サロンならではの、落ち着いた環境で
 心と体へのトータルなアプローチを実現します。

訪れる方が、
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自分らしく豊かな人生の第一歩を歩み出す、
その「生まれなおし」のアシストをいたします。




夫との関係 夫婦 家族 家庭 女性性 離婚

【2015/10/02 10:00】 | わたし的日記
|
お母さんに言いたかった気持ちありますか?

そう問われてどんな感情が起こりますか?

引っかかるものがあるなら
一つ一つ紙に書き出してください。

必ず紙に書き出して、
自分の目で見てください。



抱っこしてほしかった
かまって欲しかった
もっと甘えたかった
わたしだけ見てほしかった
否定しないでほしかった
母親らしくいてほしかった
話を最後まで聞いてほしかった
ありのままを受け止めてほしかった
ほめてほしかった
比べないで欲しかった
遊んでほしかった
怒らないでほしかった



どうですか?
当てはまりますか。
もっと言わないと気が済みませんか?

感情が上がって来たら
しっかり感じましょう。
それは、ため込んでいたもの、
もう出さないと限界を超えたもの、
しっかり感じて出し切りましょう。

それが終わったら、読み進めてください。


こうしてみると
子どもの母親への気持ちは
「ほしい」「ほしい」の羅列ですね。

「して欲しかった」という表現の裏には
「そうしてもらえなかった」という想いが隠れています。


抱っこしてもらえなかった
かまってもらえなかった
甘えさせてくれなかった

話を最後まで聞いてくれなかった
ありのままを受け止めてくれなかった
ほめてくれなかった
遊んでもらえなかった
怒られてばかりだった


こんなふうに言い換えるとどうですか?


お母さん業している人ならわかりますよね。
こんなふうにいわれたら、どうですか?

「はああぁぁ!? ふざけんじゃねぇ!!
 どの口が言っとんじゃぁぁ!!」
って思いませんか?

・・・あれ?? 私だけ(笑)?


「欲しいものがもらえなかった」


これは
被害者意識  です。


都合の悪いことを誰かにせいにする。

隣国が悪い
政府が悪い
自治体が悪い
社長が悪い
部長が悪い
班長が悪い
先生が悪い
兄が悪い/姉が悪い
あの子が悪い
 ・・・
他にないか、ほかに悪い奴はいないか・・・。

リーダーは大変です。
リーダー(目上の人)は、
常に心の中の「親像」が投影されますから。

親に対して感じている
「もらえなかった」「してほしかった」という気持ち
無意識に外の人間に求めるんです。

本人に言えりゃ済むことなのに
言えないから、攻撃できる相手を探すんですね。
(って、塾長が言いますね)
 
「え?なんのこと?私もう癒されました~(*^▽^*)」
くさいものにふたをして
美化すればするほど、心のすきまから漏れ出て
誰かに向かいます。

どうして、こんなことが起きるんでしょう。

子どもの時っていうのは
あたりまえの日常というのは、記憶に残らないんですよ

「特別な日 (記念日)」
「特別なイベント」
「特別なことをしてほしい」

なぜか?

子どもにとってそれこそが
「大切にされている実感」だからです。

だからこそ、
ゼクシィが売れるんですよ(笑)

どうして彼女が結婚式の細部にまでこだわるのか
ちょっと意に沿わないだけで、こんなにも機嫌が悪くなるのか

子ども意識にとって
「欲しいものを欲しい形でほしいタイミングにもらえなかった」
ということは
「もらえてない」に等しいからです。
そう、0か10しかないからです。

Blue Winds の真美先生がうまいこと例えておられました。

子どもが欲しがっていたクリスマスプレゼントが売り切れでした。
親ならどうしますか?
①クリスマスに間に合うように、違うプレゼントを用意する
②クリスマスを過ぎるが、入荷してから欲しいものを渡す

しかし、子どもはどちらも
「ちがう!もらえてない!!」と思うんです。

これが親の意識と子どもの意識の違いです。

彼氏のプレゼントだったら、どうですか?
ワクワクしながら包装開けて、
思ったより中身がしょぼかったら
心底、がっかりしませんでしたか?

こんな時、「形を変えてでももらえた」 なんてふうには
記憶に残らないんです。
「もらえてない」って記憶に残ってしまうんです。

これが
親への「〇〇してほしかった」の正体です。

そして、これは
大人になった今でも形を変えて
先生に、親に、彼氏に、夫に、下手すりゃ子どもにまで
「してほしい」「してほしい」と触手を伸ばすわけです。



さて、ここからです。

クリスマスプレゼントの例を思い出しましょう。

本当に本当に、何一つ もらえてなかったのか。
ここからは「大人の意識」のあなたが、考えていく番です。

先ほど、書き出した
「欲しかったもの」
それは、別の時に別の形でもらえていなかったか
考えます。

欲しかったもの、それは物質の物とは限りません。
「認めてもらう」
「ほめてもらう」
「寄り添ってもらう」
「受け止めてもらう」
そんな感情体験です。

探します。探してください。
自分の人生ですよ、必死こいて探してください。

探さないから被害者意識から抜けれないし
被害者意識から抜けたくないから探さない。

それがこれまでのあなたでした。

ないない!!そんなものあるもんかぁ!!
と、心が抵抗するかもしれません。

それが被害者意識であり、依存・甘えの正体です。

「私はわるくないのに!」
「いつも私ばっかり!」
「自分だってやってるくせに!」

この被害者意識は、相当根強いです。
最後の最後まで抵抗を見せます。


文字通り「自分との闘い」ですよ。


「ほしい!ほしい!」のうちは
実はまだ母親と心理的な「へその緒」がつながっている状態です。

胎児の時は
何もしなくてもへその緒から、必要なものが流れてきます。
それがあたり前だと思ってしまいました。
お母さんが、必要なものをすべてくれる、
最後の最後にはお母さんが何とかしてくれると
思い込んでしまったんです。

ですからもらえなかった時の
「がっかり感」「裏切られ感」が際立って記憶されたんです。

私は、「生まれ直し」というのは
母親との心理的なへその緒を切るところまでだと思っています。

私も、講義を受けて、
「頭でわかった」つもりでも、やはり心が抵抗していました。
「そう思いたくない」私がいました。

そんな私に、真美先生がくれたフレーズが
この4つでした。

◎お母さんは、一人の人間。私の世話は私がする


◎欲しいものは、ちがう形ですべてもらえていた


◎産んでくれただけで、一生分の愛をもらえている


◎私が自分の意思で生まれてきた



その言葉を感じて、どんなふうに感じるかワークしていきます。
いい・わるいをなくし、自分の気持ちを感じます。

そして、さとすように、何度も胸にしみるように語りかけました。
くりかえすたびに、胸のすきまが埋まっていくように。

そうして、4か月たちましたが
母への渦巻いていた感情はいつの間にか落ち着きました。

遠く離れて暮らしていますが
考えると、ほわんと胸のあたりがあたたかくなります。

母親とのへその緒が切れたとき、
わが身に起こるすべてを引き受ける覚悟が決まり
本当の意味で成長が始まるように思います。

 
  

【2015/09/11 10:00】 | わたし的日記
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